ネヘミヤ7:72〜9:2、Iペテロ4:12〜19
時は満ちた
もう時が満ちて来ています。イエス様が来られた時から、終わりの時はもう始まっているのです。
Iペテロ4:17〜18
17「裁きが上帝の家から始まる時が来ているからです。それが、まず私たちから始まるとすれば、上帝の福音に従わない者たちの結末はどうなるのでしょうか。 」
18「正しい者がかろうじて救われるのなら、不敬虔な者や罪人はどうなるのか。」
裁きは上帝の家から
裁きは、上帝の家(私たちクリスチャン)から始まります。
未信者がクリスチャンの裁かれるのを見て、誠にその裁きの基準は正当であると、納得するためです。
イエス様に喜んで従う、その幸いな姿を見て、「人間とは素晴らしい。自分たちも主の元に帰ろう!」と思わせるためでもあります。『福音=イエス様への服従』だからです。
イエス様に従う人々の生き方は、未信者に尊敬されます。私たちは、見本、サンプルになるために選ばれたのです。
ロマ1:16〜18
16「私は、メシアの福音を恥とはしません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じる全ての人に救いをもたらす上帝の力です。
17「福音には上帝の義が啓示されていて、信仰に始まり、信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてある通りです。」
18「というのは、不義によって真理を阻んでいる人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、上帝の怒りが天から啓示されているからです。
ハバクク2:4
「見よ。彼の心は自惚れていて直ぐでない。しかし、正しい人は、その信仰によって生きる。」
義人とは
新共同訳では、「見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。しかし、上帝に従う者は、信仰によって生きる。」とあります。
「信じれば、それで良い。」と一体誰が言ったのですか!?
聴衆に媚びへつらう牧師たちですか。
『イエス様に聞き従う人=義人』なのです。
ヨハネ3:36
「御子を信じる者は永遠の命を持っているが、御子に聞き従わない者は命を見る事がなく、上帝の怒りがその上にとどまる。」
み子に聞き従わない者
『信じる者=従う者』です。「キリスト教という宗教」をしていると、悪いすり込みを入れられてしまい、生活の中に従順がないのです。信じていれば、それだけで従っていることになるのですか!?(口先だけで行動がなくても良いのですか?)
イエス様は、福音の中心です。イエス様に従うことによって、はじめて福音になるのです。
不従順な者に働く霊
あなたは、「私はイエス様のみ名で奇跡を行った」と言いますか?
奇跡が起こるのは、当然です!イエス様のみ名を使っているのですから。
キリスト教界は、「聖霊、聖霊」と言って、実は悪霊を受けているのです(彼らの生活を見ればわかることです。彼らから、清さはでてきません。不従順な者に働くのは悪霊です)。
エペソ2:2「かつては、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って歩んでいました。」
真実を知れ
韓国や北朝鮮に、「従軍慰安婦問題」で謝りに行っている牧師たちは、真実を知ろうとしません。櫻井よしこさんが、「事実はどうだったのか!?」と言われている通りです。
主の命令は、「敵を愛せ。迫害する者のために祈れ。」です(マタイ5:43~45)。
私たちのすることは、(天の父が望んでおられるように)すべての人に、悔い改めて、イエス様を知ってもらおうとすることです(牧師たちは、事実ではないことを、勝手に謝りに行っているだけ)。
2種類の人
地上には、2種類の人がいるだけです。
1.自分の罪に気がついて悔い改めた人。
2.救いの道を選び取っていない人。救いのない人。
そして、クリスチャンの中にも2種類の人がいます。
1.イエス様に聞き従う者
2.イエス様に聞き従わない者
私たちは、真実を知らねばならないのです。主よ、クリスチャンを憐んでください!
悪者への裁き
ある人(国)のやっていることが悪い時、「このままで良いのですか!?」とイエス様に訴えることができます。祈りに答えてくださる時、裁きのみ手が敵に臨む時、イエス様は、私たちがどのような態度をとっているかを見ておられます。私たちが、敵への復讐を喜ぶなら(世の人と同じ態度を取るならば)、主は何かをなさろうとしていても、裁きのみ手をやめられてしまいます。「あなたの敵を愛せ。滅びる者のために祈れ」と言われているからです(マタイ5:44)。
悪者への裁きは、必要なのです。だから私たちは、あなたの敵が裁かれる時、喜んではならないと言われているのです。
ただし、イエス様の新しい命がなければ、決して聖書の基準は自分のものにはなりません。
Iコリント2:16
「誰が主の心を知り、主に助言するというのですか。」しかし、私たちはメシアの心を持っています。
メシアの心
私たちの心の基準が、この世の人と同じではいけません。「私には、主の心がある。」と言える、このレベルに速やかに達しなければなりません。
あなたの生活の中心は何ですか。主の栄光のためですか?「主のみ心は何か?」と求めて生活していますか。
福音は「あなたの満足のため」ではありません。
エゼキエル13章
2「人の子よ。預言をしているイスラエルの預言者どもに対して預言せよ。自分の心のままに預言する者どもに向かって言え。『主の言葉を聞け。
3「上帝である主はこう言われる。わざわいだ。自分で何も見ないのに、自分の霊に従う愚かな預言者ども。
7「あなた方が見ているのはむなしい幻、あなた方が語るのはまやかしの占いではないか。『主の言葉』などと言っているが、わたしが語っているのではない。」
自称預言者
自称預言者は、まるで主のみ心を知ってるかのように振る舞います。この世の占いの霊によって語る、いかさまの占い師のようです。
しかし主は、このような者に語ったりはなさいません。
み言葉が心に記され、主の命令を守ろうとしている者にだけ、語ってくださるのです。
土台が汚いと
ご聖霊は、(心の内側に)イエス様のきよい命がないと、注がれません。
肉の汚い性質のまま聖霊を求めると、悪霊しか来ません。
悪霊が、生温かい汚物をふりかけている中、気持ち良さそうに歌っている自称クリスチャンの姿が見えませんか(ペンテコステ派の皆さん、よく聞いてください)。
必死になれ
悪霊と親しくなってしまうと、なかなか足を洗えません(反社会組織から足を洗うのとは、比べ物にならないほどに大変です。それ以上です)。
悪霊は霊を与えて、「お前の支配権を譲れ!」とあなたの主導権を握るからです。だから簡単には、縁を切れません。彼らは非常にしつこいからです。
あなたが命をかけて必死にならないと、手を切ることはできません。
「悪霊追い出し」ができると、悪霊を組み敷いている(相手を倒して自分の下に押さえつける)と思っている方々、あなた方は主の栄光にはなりません。「悪霊が出て行って戻ってみると、部屋がきれいに片付いていて」と聖書にある通りです。彼らはその人の所に戻って来るので、その人の状態は前よりもっと悪くなります(彼らは、その時だけ出ていくフリをしておいて、その人が一人になると、また戻って来るからです)。
甘く見るな
彼らに簡単に手を出してはなりません。悪霊を甘く考えてはなりません。
人の賜物や力では、無理だからです!
必死でイエス様に従おうとする者にだけ、悪霊は手を出すことはできません。
羊飼いなるイエス様が、守っていてくださるからです(その人が必死でイエス様に従おうとするなら、悪霊の方から出ていきます)。
悔いた砕かれた心
イエス様のみ心を為して行く、というのは、(華やかで)目立つことではありません(「私は〇〇をやっている!悪霊追い出しをやっている!」などというものではありません)。
一人一人、悔いた砕かれた心が必要なのです。
み言葉は光です。イエス様の命(み言葉)によって、はじめて自分の肉の(心の中の)闇が暴かれるのです。
上からの力
「イエス様に従って行こうとすると、疲れて力がなくなる」とある姉妹が言っていましたが、その通りです。肉の力ではできません。上からの力がないと、み心は為せないからです。
従う生活
生きる義人とは、イエス様に従う生活をしている人のことです。それは24時間です。「それじゃ、息をつくヒマがない!」と言いますか?主のしもべなら、当たり前です。勝手に休みなさい。休みたいなら、クリスチャンをやめればよいのです!
ペテロは、「正しい人さえかろうじて救われるのなら…」と言っています。「私は大丈夫」と思うなんて有り得ないのです。生ぬるくなったら、終わりなのです。
『義人の定義=イエス様に従う者』だからです。この基準に達している人は、信仰によって生きるのです。
だからこうなったのだ
ネヘミヤ記で、律法の書を読み聞かされたイスラエルの民は、泣きました。
「自分たちは、律法を守っていない。モーセの言ったことに従っていない。だから今、こうなっているのだ。」と気がついたからです。
日本も同じです。
申命記4:25-40
25「あなた方が子や孫をもうけ、あなた方がその地に長く住むうちに堕落して、何かの形に刻んだ象を造り、あなたの上帝、主の目に悪であることを行い、御怒りを引き起こすような事があれば、」
26「わたしは今日、次のことで、あなた方に対して天と地を証人に立てる。あなた方は、ヨルダン川を渡って所有しようとしているその地から追われ、たちまち滅び失せる。そこで、あなた方は長く生きるどころか、すっかり根絶やしにされる。
先祖たちの罪を負う
イスラエルの民、原始キリスト教徒、秦氏たちが日本に来ていて、このように偶像を作って良いのですか!?
「私たちは、何をやっているのか」と気がつかないなら、終わりです。
先祖たちの、その罪を引き受けて、祈るのがクリスチャンのすることです。
太秦はイエス・メシア、という意味です。太秦にある神社の宮司さんも「その通りです」と言われました。それなら、「自分たちは、何を証しするべきか」分かっているはずです。
エゼキエル13:1-19
17「人の子よ。あなたは、自分の心のままに預言するあなたの民の娘たちに顔を向け、彼女たちに預言せよ。」
18「『上帝である主はこう言われる。わざわいだ。どの人の手首にも呪法のひもを縫い合わせ、あらゆる高さの頭にも合うようにベールを作って、人々の魂を罠にかける女たち。あなた方は、わたしの民の魂を罠にかけ、自分たちの魂のために人々を生かしているのだ。」
19あなた方は、ひとつかみの大麦のため、少しばかりのパンのために、まやかしに聞き従うわたしの民にまやかしを行い、死んではならない魂を死なせ、生きていてはならない魂を生かして、わたしの民の内でわたしを汚した。
占い師になりやすい女性
女性はこのように「イザベル」になりやすいのです。女性の弱さは、「悪霊に惑わされる」「悪霊の声を聞く」「生活のために占いをする」です。「ああしたら良い、こうしたら良い」と占いをして、お金をもらうのです。「わたしの民のうち」とは、キリスト教界のことです。占い師は、キリスト教界のうちに蔓延しています。そして、主を汚しているのです。
気がつかないのか
日本という国を、どのように見ていますか?世の人が言う真実は受け入れていても(日本は素晴らしい、とか?)、私たちクリスチャンはどのように受け入れるのでしょうか?
原始キリスト教徒が埋没して、バアル、アシュタロテ礼拝になり下がっています。彼らの罪が現れて来て、今年京都三大祭が中止になりました(主の祭りが疫病に負けたのです)。
それでも宮司さんたちは、気が付かないのです。
主は「気が付きなさい!」と繰り返し言われ、最後には「気が付かないのか…もう良い。」と言われます。
この時のために
神道の中でも、預言者を潰し合う、ということが実際に起きています。「神道は腐っている。何とかしなければ」と心を痛めている神主さんを潰すのです。
「わたしの家を強盗の巣にした」と言われている通りです。
日本のことを取りなして祈らないクリスチャンは、聖書を読んでいません。
日本の歴史を学んで、「これは、私たちの罪なのだ!」と言えないなら、本当に役立たずです。『私は、この時のためにここにいるのだ!』と言えないなら、クリスチャンではありません。
時を見分けよ
地上でイエス様のお名前を呼べば、あなたは幸せになるでしょう。そして、かろうじて救われるかもしれません。しかし、天に帰る時、あなたにご褒美はありません。
イエス様は、「あなた方は、天気を見分けることができながら、時代を見分けられないのか」と言われました。
今この世界と日本の現状を見ながら、あなたは何を見て、何を考えますか。
興味があるのは、自分の幸せだけですか?
あなたがこの時代に生かされている目的があるのです。
聖書をどう読んでいますか?読んでいないから、分からないのです。
イエス様ご自身を、聖書のみ言葉と祈りからよく知らなければ、何も分かりません。
(文責:安曇の民)
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