耶蘇上帝會 太秦之宮

京都・太秦を拠点とする日本のキリスト教会です

礼拝message 7月8日(水)

礼拝message 7月8日(水)

ヘブル3:7~19、エペソ4:17~27

高ぶりと頑なさ

高ぶりが増すと、頑なになります。また、未熟な熱心さは、分裂と分派を引き起こします。しかし、信仰生活は、イエス様を愛し、十字架だけを誇る熱心さからスタートしなくてはなりません。私たちの戦いは、世との闘いであり、虜を自由にするものです。世のものに惑わされたイスラエルの民は、荒野の40年で、人生を無駄にしたのです。

ヘブル3:15「今日もし御声を聞くなら、あなた方の心を頑なにしてはならない。上帝に逆らった時のように」
ヘブル3:18「また上帝がご自分の安息に入らせないと誓われたのは、誰に対してですか。ほかでもない、従わなかった者たちに対してではありませんか」
エペソ4:18「彼らは知性において暗くなり、彼らのうちにある無知と頑なな心のゆえに、上帝の命から遠く離れています」

弟子を一つに

弟子たちの訓練は、頑なさが砕かれるためのものでした。マタイは売国奴の取税人、熱心党員のユダは最右翼。そんな彼らが、皇民の群れに一緒にいるのです。お互いに火花が散り、睨み合い、殴りかかる寸前の弟子たちの姿が見えませんか?
皇民の群れの中には、苦手な人がいてよいのです。それをイエス様が一つにしていかれるのです。そして、ヨハネ以外の弟子たちは、みんな殉教していきました。弟子たちは、お互いに愛し合うことを学んだのです。

砕かれていないと・・

イエス様は、苦しんで血を流さなければならなかった。天国は、柔和で砕かれた者でないと入れません。汚いまま天国に入ってしまうと、とても耐えられないほどの衝撃があります。
「今の私のやり方では、通用しない」と気づいてください。

聖所に入って祈れ

イエス様は大祭司です。そして、聖所に入れ! と言ってくださいました。祈りは、聖所に入ることです。(祈りに熟達すると、入れるようになります。聖所に入れないような祈りは、何の役にも立ちません。無意味です。)
イエス様を通して、聖所に入りなさい。イエス様は、私たちを祭司として整えて、聖所にお仕えする者(取りなし手)としてくださいます。あなたが十字架を背負っているならば、生まれつきの頑なさは、イエス様が対処してくださいます。

全き安息

イエス様に、「自分を捧げます」と真実に告白するなら、「頑なさ」の取り扱いが始まります。これが終わると、絶えず平安があり、安息に入ります。すると主が語りかけてくださいます。「全き安息」がなければ、イエス様に従うことはできません。聖霊の宮には、安息と静けさがあります。

心が迷っている

イスラエルの民は荒野で40年間、主を試みました。彼らは、心が迷っていて、主が見ておられることを知ろうともしなかったのです。イエス様を試みるならば(自分を捧げますと言いいつつ、実際には自分を捧げていない生活をするならば)、イエス様から心が離れてしまいます(自分は気が付かない)。主が「絶対にわたしの安息に入らせない」と誓われた通りです。

聖書にあるから

ユダが自殺した後、ペテロは使徒1:16~26のように、くじを引かせ、マッテヤが十二使徒の一人に加えられました。「聖書にこうあるから」という理由です。でもそれは、人間的なやり方でした。主が選ばれたもう一人の使徒はパウロでした。このことによって、後にパウロは、何度も何度も自分は使徒である、と語らねばならなかったのです。(ロマ1:1)

主にあるやわらかさ

ガラテヤ2:19~20が、速やかに自分の体験となれば、自然に「微笑み」がこぼれるようになります(みなさんのような恐い顔はしていません)。その人から「やわらかさ」が出てきます。イエス様は、砕かれた者にしか語られません。頑なな者に語りかけるのは、この世の霊です。

ガラテヤ2:19「しかし私は、上帝に生きるために、律法によって律法に死にました。私はメシアと共に十字架につけられました」
ガラテヤ2:20 「もはや私が生きているのではなく、メシアが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きている命は、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、上帝の御子に対する信仰によるのです」

霊を見分ける

簡単に霊を見分けることはできません。しかし、霊を見分ける力は必要です。これからは、惑わす人が多く出てくるからです。

エペソ4:24~27
24「真理に基づく義と聖とをもって、上帝にかたどり造られた新しい人を着ることでした」
25「ですから、あなた方は偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。私たちは互いに、からだの一部分なのです」
26「怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません」
27「悪魔に機会を与えないようにしなさい」

怒りの子

エペソ4:24~26
これは絶対に守らなくてはなりません。怒っている人は、悪霊にチャンスを与えているのです。「怒りの子」が速やかに砕かれて、内側から愛と憐みが出てくることを願います。

信仰のはかり

今のあなたの信仰のはかりでしか、他の人には伝えられません。自分が人に話す通りに生きていれば、それで良いのです。しかし、「また聞き」や、本で読んだ知識、「○○さんは、こう言っていた」などの話と、あなたの存在(生き方)が違うなら、悪霊につかれています(嘘偽りの父は悪魔)。

真理はあなたを自由に

エペソ4:25~27
自由とは、自分からの自由です。そうなれば、イエス様が、あなたを使うことができます。真理(イエス様ご自身)は、あなたを自由にするからです。「十字架以外に誇るものはない!」という自由です。そこから、互いに愛し合うなど、聖書の命令に従えるようになるのです。

主の警告

イザヤ24:4~16(前半)
これは日本のことです。古代イスラエル人が、アッシリヤに占領され、流浪の民となり、日本に移動して来た年代と、日本の建国の時期がぴったり合うと、坂東誠氏もその著書で言っています。
アモス5:21~24
イエス様の我慢も、限界に来ておられるかもしれません。悔い改めて立ち返らなければ、日本は危ないのです。神道の中に見られるユダヤを誇っても無駄です。

イザヤ24:14~16
14「彼らは声をあげて喜び歌い、海の方から主の威光をたたえて叫ぶ」
15「それゆえ、東の国々で主をあがめよ。海の島々で、イスラエルの上帝、主の御名を」
16「地の果てから、私たちは、『正しい方に誉あれ』という誉め歌を聞く」
アモス5:21~24
21「わたしはあなた方の祭りを憎み、退ける。あなた方のきよめの集会の時の香りも、わたしは嗅ぎたくない」
22「たとえ、あなた方が、全焼のささげ物や穀物のささげ物をわたしに献げても、わたしはこれらを受け入れない。肥えた家畜の交わりの生贄を献げても、わたしは目を留めない」
23「あなた方の歌の騒ぎを、わたしから遠ざけよ。あなた方の琴の音を、わたしは聞きたくない」
24「公正を水のように、義を、絶えず流れる谷川のように、流れさせよ」

祭司の衣

一緒に祈りの重荷を負って欲しい。中国の三峡ダムの麓では、すでに度々洪水が起き、多くの家が流されています。中国のクリスチャンのことを祈ると、夜も眠れません。
至聖所に入る祈りができないなら、全てむなしい。自分を捨てていることと、祭司の衣(イエス様)を着ていなければなりません。

悔い改めて立ち返れ

クリスチャンはどう祈るのでしょうか?イエス様は、悔い改めて立ち返れ、と言われました。邪魔しているのは、日本を支配する「大和の霊」と「翁の霊」(私は、こう呼んでいます)です。敵は、皇民の群れを分裂、分派させたいのです。なぜなら群れが一つになると、イエス様の御体となっていくからです。群れが一致して、イエス様の御体ができていくと、敵は困ります。敵は、イエス様ご自身と戦うことになるからです。
私たちは、天国の民です。一人一人が置かれた場所で、何をしていくのかが、問題です。

しるし

今年、祇園祭が中止となりました。祇園祭で氏子が叫ぶ「エンヤーラヤ」という掛け声は、ヘブライ語で「その神の他に神は無い」、八坂神社の「ヤサカ」は、神の小屋(神を礼拝する場所)という意味です。
天の父は、祇園祭を「耐えられない。いい加減にしろ」と言われているのかもしれません。コロナウィルスは、天の父からのサインであり、今起きている豪雨による洪水もしるしです。

天にある喜び

イエス様の栄光を現す群れとなった時、天ではご褒美が待っています。イエス様にあって新しく生まれ変わり、新しく作られた群れが一つとなっていく。
「頑な」であり続ければ、切り捨てられます。

(文責:安曇の民)

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